「外国語上達法」

映画でも有名なミラン・クンデラ著「存在の耐えられない軽さ」の訳者で知られる千野栄一氏による「外国語上達法」は、私の座右の書です。

イタリア語を学び始めてからというもの、いかにして語学を習得するか毎日が試行錯誤でした。

最初の頃は先生の言うとおりにやっていけばよかった。でも上達すればするだけ自分の勉強法を確立していく必要があります。

音読は一体何回くらいすればいいの?勉強時間はどれくらい?聴き取れなくてもラジオやテープは流してた方がいいの?それとも・・・・???

もう頭の中はクエスチョンだらけでした。

イタリア語学習に費やすお金も限られていましたので、なるべくお金をかけずに勉強しようと思った時期もありました。

そんなときにであったのがこの本です。

すでに語学学習方法を知ってる方には目新しいことは書かれてないと思います。

でも、私は次の一文を読んで目から鱗が落ちたんですよね。


その一文とは

「上達に必要なのは-お金と時間」

です。

なんだ、当たり前じゃない。

そう思われる方は、語学習得の方法を既にご存知の方だと思います。

一方、語学コンプレックスのかたまりだった当時の私には当たり前などとは思えず、むしろ衝撃的でした。

なぜなら、当時私は「どうせ頭のいい人や語学センスのある人は、さほどのお金も時間もかけずにさらりと習得できるのよね。」と本気で思っていましたから(もちろん、センスのいい方は私よりはるかに短期間で習得されていることは間違いありませんし、既に1つ以上の外国語を習得されてる方の語学習得ははるかに早いはずです)。

しかも上記の一文は、著者が語学の神様とあがめていたある教授に、「語学上達の条件は?」と質問した際の回答だったのですからなおさらです。

つまり、なんなく習得しているように見える人でも、そして語学の神様とあがめられている人でも、ここぞというところにはきっちりお金も時間もかけているのだ、という事実。

そんな当然の事実に、私はこの本によって遅ればせながら気づかされたわけです。

以下本書からの抜粋です。

「語学の上達には、まずお金をかけなければだめであるということであった。先生ご自身もあるロシア夫人に月謝を貢いでロシア語を習得されたそうである。人間はそもそもケチであるので、お金を払うとそれをむだにすまいという気がおこり、その時間が無駄にならないようにと予習・復習をするというのである。・・・・(中略)・・・・先生のおっしゃるには神様は大変公正であって、お金だけあってもだめで、時間も必要だとの話であった。もし、お金だけで語学ができるのであれば、松下幸之助氏など何十という言語を身につけられるはずである。・・・(後略)・・・」

そして時間をどのようにかけるかに関してはこのように述べています。

「外国語の習得には時間が必要である。これは他の学科の習得といささか違う。私は心理学の専門家でないので、その知識はあまり頼りにならないが、外国語の習得には記憶が重要な役割を演じており、記憶には繰り返しが大切で、そのためには時間が必要なのである。そして、その時間の使い方について一言するならば、ある外国語を習得しようと決心し、具体的に習得に向かってスタートしたときは、まず半年ぐらいはがむしゃらに進む必要がある。これは人工衛星を軌道に乗せるまでロケットの推進力が必要なのと同じで、一度軌道に乗りさえすれば、あとは定期的に限られた時間を割ければいい。」

-岩波新書「外国語上達法」千野栄一著-

この本を読み、イタリア語習得のためにしっかりお金と時間をかける覚悟ができたのだと思います。留学の最終決断を下したのもこの本によるところが大きいかも。

また、英語学習における今の私の取り組みは、抜粋の最後の部分にある「半年ぐらいはがむしゃらに進む」をそのまま実践しているだけです。


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千野栄一氏がチェコ語の権威であるということにちなみ、プラハのみやげ物やで買った香水瓶の写真(ほとんどおもちゃみたいなかんじですけど)。

余談ですが、私が次に住みたいと思っている街はプラハなんですよ。
まあ、住むというのは大げさでも一ヵ月くらいはのんびり滞在したいですね。2年前にこの街を訪れた際に夫が、ここは住んでみたい街だねと言ったこともあるかもしれません。

さらに言えば、子供の頃、一番行きたい街はどこかと父に聞いたら、その答えがプラハだったのも忘れられません。当時外国といえばアメリカ、フランス、イギリス、ドイツあたりがせいぜい思い浮かぶくらい。そんな時代にプラハというのは驚きでした。今から思えば68年のプラハの春の後でもありましたから、父の東欧(今は中欧ですね)への関心も一番高まっていた時期だったのかもしれません。そして音楽音痴の父がこれだけは好き、といって聴いていたのもチェコの作曲家ドヴォルザークの「新世界」でした。

チェコに関心を持つ前から、チェコ語が専門である千野栄一氏の著書を愛読していたということもなにかの縁かなとも思っています。そういえば結婚前に夫が、僕は映画では「存在の耐えられない軽さ」が好きなんだとも言ってました。こうしていろいろ考えてみると、私がプラハに興味をもつきっかけって今までもいっぱいあったんだなーって思います。
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by puntarellina | 2007-11-10 19:07 | 語学学習